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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)1495号 判決 1979年4月26日

原告 土屋修

右訴訟代理人弁護士 手塚義雄

被告 平原豊

右訴訟代理人弁護士 重松彰一

同 佐藤忠宏

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金七五万円およびこれに対する昭和五三年二月一日から支払済みまで年六分の割合の金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

二  被告

主文一、二項同旨の判決

第二当事者の主張

一  原告主張の請求原因

1  原告は東京都大田区中央三丁目一番三号の通称協和ビルの一階において、レストラン喫茶店「常夏」を経営する者であり、被告は洋菓子製造販売を業とする株式会社ナポリの代表取締役である。

2  原告は昭和五二年九月五日、右「常夏」の店舗(以下本件店舗という。)の一部に洋菓子部を開設するにあたり、被告との間に次のとおり販売委託契約を締結した。

(一) 原告は被告に対し、「常夏」の洋菓子部における洋菓子の販売業務を委託する。

(二) 被告は原告に対し、その収益、売上実績の如何を問わず一ヶ月につき二五万円を毎月二五日限り現金で持参支払うものとし、その余の収益は被告のものとする。

(三) 被告は原告に対し保証金として五〇万円を預託する。

(四) 契約期間は昭和五二年九月五日から五ヶ年とする。

3  被告は右約定に基づきそのころから本件店舗内の一部分(以下これを係争部分という)において洋菓子の販売業務に従事し現在に至っているが、同年一一月分以降約定の一ヶ月二五万円の支払いをしない。

4  原告は、被告主張のとおり右協和ビルの所有者である訴外安部重太郎(以下単に安部という。)から、被告主張の特約付で被告主張の各部分をその主張の賃料で賃借しているが、右安部は原告に対し前記2の被告との約定をもって無断転貸とし、これを理由に昭和五二年一二月六日原告到達の書面をもって前記安部との間の賃貸借契約の解除の意思表示をなした。原告は右は無断転貸ではないとしてその効果を争いこれについては現在安部から原告に対する明渡請求訴訟が係属中である(当裁判所昭和五二年(ワ)第一二、四九八号)。

被告は原告との間の前記2の契約をもって店舗の一部を原告から賃料一ヶ月金二五万円で賃借する賃貸借契約であるとし、所有者である安部から原告に対する前記賃貸借契約解除の意思表示により原告と安部との間の賃貸借契約は解除により終了し、原告は無権原者となったものであり、被告はこれを理由に昭和五二年一二月六日ころ原告に対し口頭で右2の契約を解除する旨の意思表示をなしたほか同月一四日安部との間に係争部分を賃借する旨の契約を締結したから原被告間の契約は終了し、原告はいかなる名目によるにせよ被告に対する金員請求権を有しない旨を主張するが、右2の合意は係争部分に関する賃(転)貸借契約ではない。仮に賃(転)貸借契約と評価されるとしても原告は被告からその主張の解除の意思表示を受けたこともなく、原告は契約の当初から被告に対し係争部分を使用させ現在に至っているものであって被告から解除をなし得る理由はないし、また仮に契約を解除されたものとしても、被告は原状回復義務の履行をしていないから、被告は右義務を履行するまで前記同額の金員を損害金として支払う義務があるというべきである。

5  よって原告は被告に対し、被告が前記のとおり支払うべき金員のうち昭和五二年一一月分から昭和五三年一月分までの合計金七五万円およびこれに対する遅滞後の昭和五三年二月一二日から支払済まで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告の答弁および主張

1  請求原因1項の各事実は認める。

2  同2項中、被告が、原告の本件店舗における洋菓子部の販売業務を委託されているとの点は否認し、その余は認める。被告は常夏の経営とはかかわりなく係争部分を原告から賃料一ヶ月金二五万円で賃借したものである。

3  同3項中被告が係争部分において洋菓子販売の業務をなして現在に至っていることおよび同年一一月分以降約定の一ヶ月二五万円の支払いをしていないことは認めるが、その余は争う。即ち被告は同年一一月ごろから自己の営業として係争部分において営業をなしているものである。

4  被告は前記のとおり昭和五二年九月五日原告から係争部分を賃料一ヶ月二五万円の約定で借受けたが、被告はその際協和ビルは原告の所有と信じて契約をなしたものである。しかし右ビルは実際は安部の所有であり、原告は安部から同ビルの二階部分、五階A室部分と本件店舗部分を、賃貸人たる安部の承諾なく第三者に転貸又は賃借権の譲渡をしてはならず、これに違反の場合は安部は何等の催告を要せずその間の賃貸借契約を解除し得る旨の特約により、昭和五一年四月一日以降一ヶ月二八万円の賃料で賃借していたものであり、賃(転)貸の権限は無かったものである。そして安部は原告に対し、被告との間の転貸借を理由に昭和五二年一二月六日原告到達の書面で、前記賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした(これについては原告主張のとおり、安部から原告に対する明渡請求訴訟が係属中である。)。そしてこのことを安部から知らされた被告は同月六日ころ口頭で原告との間の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、さらに同月一四日、安部から係争部分を賃借する旨の契約を締結したから、原告との間の賃貸借契約は履行不能により終了した。従って被告は、右終了時点の前後をとわず、また委託料、賃料その他名目の如何を問わず、原告に対する金員支払義務を有しないものである。

5  同5項は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1項の各事実および同2項中原被告間で昭和五二年九月五日、本件店舗内において被告が洋菓子販売の業務を行うこと、被告は原告に対し保証金として契約当初に五〇万円を預託するほか一ヶ月につき二五万円を支払うこと、契約期間は同日より五ヶ年とすること、とする契約が締結されたこと、ならびに同3項中被告が右契約に基づきそのころから本件店舗の一部である係争部分において洋菓子販売の業務を行い現在に至っているが、同年一一月分以降右約定の一ヶ月二五万円の割合の金員を支払ってはいないこと、以上の各事実は当事者間に争いがなく、さらに同4項中本件店舗を含む協和ビルの所有者は安部であり、原告は安部から昭和五一年四月一日同ビル中の二階部分、五階A室部分および本件店舗部分を、安部の承諾なく賃借部分を第三者に転貸したり、又は賃借権の譲渡をしてはならず、違反の場合安部は何等の催告を要せずその間の賃貸借契約を解除できる旨の特約により、賃料一ヶ月二八万円で賃借していたものであること、そして安部は原告に対し前記原被告間の契約を無断転貸とし、これを理由とする賃貸借契約解除の意思表示を昭和五二年一二月六日原告到達の書面でなしたこと、原告はこれを争い現在安部から原告に対する明渡請求訴訟が当裁判所に係属している(昭和五二年(ワ)第一二、四九八号)ものであること、等の各事実もまた当事者間に争いがない。

二  そして《証拠省略》を総合すると次のような各事実を認めることができる。即ち、

(一)  原告は本件店舗全部を使用して喫茶店「常夏」を営業してきたが、被告との前記契約により被告に洋菓子販売の業務に従事させる場所として、面積九四・八三平方メートルの本件店舗の通称池上通りに面した右角に、間口二間奥行一間の係争部分を設けることとし、右部分と「常夏」との間にブロック壁およびベニヤ板壁とを設置してその間を仕切り、その間において一部幅五八センチメートルの仕切りのない部分がありそこから「常夏」と係争部分との出入りはできるものの、ほぼ明瞭に係争部分は「常夏」から区分され独立した外観を備えているものであること、

(二)  被告は洋菓子製造販売を営む訴外株式会社ナポリの代表取締役であり、同社は東京都大田区馬込六の一五に本店および工場を有し、ほかに都内に十数店の店舗を有しているが、被告は原告と前記契約をなすに際し、原告が右ビルの所有者であると信じていたため係争部分を賃借する意思で右契約をなしたものであり、右係争部分に被告所有の洋菓子ケース、レジスター、タイムレコーダーを設置し、また被告において同所の従業員四名を雇い入れてこれらを使用して同所を「ナポリ中央店」と称して昭和五二年一一月ごろから洋菓子の販売の業務を始めたこと、そして被告の右営業は前記株式会社ナポリの本店に対する保健所の営業許可を利用して、また被告の右四名の従業員により午前九時から午後一〇時まで行なわれ、商品の仕入もレジの管理も被告によりなされており原告はこれに関与してはいないこと、

(三)  そして原被告間で昭和五二年九月五日に実質的に合意があり、同年一一月ごろ被告の署名押印がなされた前記の契約を証する書面である甲第一号証は昭和五二年九月五日付の「覚書」と題する書面であり、その(一)には「原告が洋菓子部を開設するにあたり、被告は原告に対して委任販売契約を引受け」との記載があるが、被告は前記のとおり、前記ビルが原告の所有であり、原告から係争部分を賃借する意思であったため、右の「委任販売契約」にはあまり重きを置かなかったものであること、そして右覚書にはさらに、被告は収益、売上の実績の如何を問わず毎月二五万円を原告に支払うこと((二))、被告は保証金として金五〇万円を原告に預託し、これは無利息とし毎年一〇パーセントを補修費等として償却すること((三))、右(二)の支払いを二回以上遅滞したときは原告は無催告で契約を解除できるものとし、その場合原告は右預託金を接収しうること((四))、本契約は五ヶ年とし、以降は相互に紳士的に協議のうえ取決めること((五))、契約の発効は昭和五二年九月五日とし、右時点以降被告においても公租公課を負担すること((六))、被告は第三者にこの委任契約を譲渡したり内容を話したりすることは一切厳禁する。被告がこれに違反した場合は被告が総ての責任を負うこと((七))、被告は原告の承諾を得て造作設備の変更を、被告の費用負担で出来ること((八))、原告は日常被告の販売に対しては一切タッチしない。被告は原告の信用を絶対に損しないよう留意し、原告は好意的に被告に協力すること((九))、被告が右条項に違背した際は原告は被告に何らの通告を要せず、被告の備品等を使用して経営を継続することとし、これに対して被告は何ら異議不服を申立てないこと((十))等の取決めが記載されている。

そして被告は以上の取決めに従い、同年九月末ころ保証金として五〇万円、とその月分の二五万円を、また同年一〇月末ころ同月分の二五万円を、原告に支払い、前記のとおり同年一一月ごろから係争部分において洋菓子販売の業務を開始した。

(四)  その後被告は同年一一月中旬ごろに至って右安部から前記ビルの登記簿謄本等を示され、その所有者は安部であり、原告は安部から本件店舗を賃借しているもので、係争部分の転貸又は賃借権を譲渡をなす権限はない旨の説明を受けたため、被告は、原告と安部との右関係をはじめて知るに至り、原告には被告に係争部分を賃貸して使用さす権限も従ってその対価としての一ヶ月二五万円の割合の金員も支払いを受ける権利も無いものと確信のうえ、同月末ころ原告に対し同月分以降の支払いはしない旨口頭で通知した。その後安部は前記のとおり原告に対し同年一二月六日到達の書面で、被告との間の無断転貸等を理由としてその間の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたが、このことを安部から連絡を受けた被告は、安部の右解除の意思表示が有効なものであり、従ってそのまま放置すれば被告自身の、係争部分を使用しての営業の継続もできなくなるものと確信し、右事態を免れるため、同月一四日、安部との間で、係争部分を同月一日から賃料一ヶ月一五万円で賃借する旨の賃貸借契約を締結して係争部分の使用権限を確保したものであること、

等の各事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

三  以上のような事実関係に基づいて考察するのに、前記二(三)に記載の原被告間の契約は、「委任販売契約」という言葉を使用し、「賃貸借契約」という言葉こそ使用してはいないものの、これを通読する限り、委任販売契約の内容として通常なされるものと予想される、小売価格、仕切価格、販売促進、営業指導、店舗の設計改装、販売促進のためのリベート、衛生指導等の取り決めがなく、むしろその実態は建物賃貸借契約の内容と極めて酷似するものと評価されうるものであり、また問題の係争部分は原告の経営する店舗とは区分されているものであること、および被告は係争部分で自己の雇い入れた従業員を使用して営業し原告はこれに関与していない、等の事情を合せ考えると、被告においてこれを賃貸借契約であると認識することは客観的にも妥当であり、また主観的にもまことにやむを得ないところであると考えることができ、このように賃借していると認識している者において二(四)に記載のとおり、真の所有者から証拠書類を提示のうえ、右は無断転貸であり、これを理由に転貸人に対してその間の賃貸借契約を解除する旨を告げられた場合において、これによりせっかく手中にした係争部分の使用権限を喪失するに至るべきことを認識予見し、これを避けるため真の所有者との間に改めて係争部分について賃貸借契約を結びその使用権限を取得することも、またやむを得ない権利保全の一手段であると考えることができる(もし右の場合において原被告間の前記契約が賃貸借契約であるとすれば、転借人たる被告が真の所有者との間に改めて賃貸借契約を締結すれば、これにより原被告間の賃貸借契約は、転貸人たる原告の使用収益させる義務の履行不能により終了し、その時から被告の賃料債務は発生せず、また明渡義務も使用損害金の支払義務も発生しないことになるものと解されるが、本件においては原被告間の契約が賃貸借か否かの判断は、その必要がないと考えられるから、差し控える。)。そして右のような場合、被告は、真実の所有者である安部から係争部分の真の所有者は同人であり、原被告間の契約は無断転貸借である旨の告知を受けた時(昭和五二年一一月中旬)から、民法五五九条で準用する同法五七六条の趣旨に従い、原告に対し賃料とも判断され得る約定の金員の支払いを拒絶できるものと解するのが相当である。この点に関する被告の主張(被告の「昭和五二年一二月一四日の時点の前後を問わず、また名目の如何を問わず原告に対する金員支払義務を有しない」旨の主張は、右の趣旨を含むものと解される。)は理由があるというべきである。

四  そうするとその余の点について判断するまでもなく原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 手島徹)

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